ハンモック泊、一泊75ペソなり~バカラル・メキシコ~
- ナシオ
- 2017年5月7日
- 読了時間: 6分
ベリーズと国境を接するメキシコの街、チェトゥマルに入って何だか少しほっとしていた。
初めて訪れた都市にも関わらず、この旅で3度目のメキシコ入国と言う事実がどこかホームグラウンドに帰って来たような気がしたのだ。
グアテマラのペテンからベリーズの旅を共にした友人とはベリーズからチェトゥマルへの直行のバスを降りた所で別れた。友人はチェトマルには留まらずにカンクン方面へ向けて北上すると言う事だった。
長い時間を共にした割にはあっさりとした別れだった。
お互い大きなバックパックを担いで道路を挟んで手を振り合いながらも、別々にタクシーを捕まえる。タクシーの運転手に行き先を告げる事や運賃の話をする事に精一杯で、友人が乗るべく止めたタクシーを振り返る余裕もない。
それらを終えてタクシーが勢いよく走り始める頃、友人が捕まえたタクシーの姿を探そうと振り返るがその姿を目にする事は出来なかった。
チェトゥマルの街はこれと言って見どころが無いように思えたけれど、陽が傾く頃に夕涼みがてら海岸沿いを散歩するのには丁度良い大きさの地方都市だった。

泊まった宿では久しぶりに異国のバックパッカー達と飲んだり旅の情報交換をした。
そこで僕は、バカラルと言う街とマアウワルと言う街の話を聞いた。バカラルは美しい湖を抱える小さな村で、マアウワルはビーチのある田舎町と言う事だった。
どちらも初めて聞く名前だったが、チェトゥマルで数日間滞在する間にネットでも情報を集めてその両方へ行く事にした。せっかく面白そうな情報を聞いたのに行かない手はない、「百聞は一見に如かず」だ。バカラル湖に関しては「七色を持つ湖」と謳われているほどなのだ。
まずはチェトゥマルからバスで1時間ほどの場所にあると言うバカラルへ向かった。
バスから外の景色を一人ぼんやりと眺めていると、1人での移動が久しぶりだった事もあってか新しい旅が始まったような気がした。
バカラルに到着したバスを降りると、バス会社のオフィスの前で座り込むヒッピーめいた格好をしたツーリストの姿が目に入った。どこかへ行くバスを待っているのだろう。
そんな彼らが来る場所なのだからきっと安くて居心地の良い宿でもあるはずだ、と勝手に思い込んだ。2か月近く滞在した事のあるネパールのポカラのように、僕が「沈没」する場所はたいてい彼らのようなツーリストの姿があるからだ。
けれども実際に宿に行って話を聞くとそこまで安くベッドを提供してくれる所は無かった。ドミトリーで一泊200ペソ。田舎にしては高い気がする。日本円にして1200円を切るくらいなのだが。
値段を聞いて、「さてどうしたものか?」と考えていると受付のカウンターの後ろに料金表に目が行った。
「……ドミトリー:200ペソ テント:75ペソ ハンモック:75ペソ……」
ハンモック?!
今まで旅をしてきて初めて見たハンモックの表示に驚き、値段の安さからどういう事なのか話
を聞く事にした。
テントとハンモックは自前の物があれば表示されている値段でテントなりハンモックをぶら下げて寝泊まりする事が出来ると言うのだ。自前の物が無ければレンタルする事も出来るが別料金がかかると言う話だ。嬉しい事に朝食のサービスもドミトリーなどの他のスタイルの宿泊者と同じように受けられると言う。
何だか笑いが込み上げてきた。
この日を待っていたとばかりに僕のバックパックの中にはハンモックが入っていたからである。
小笠原に住んでいた頃、無人島仕事の時の昼寝や島のビーチで遊ぶ時の為にと買って愛用していた物をこの旅で持ち歩いていたのだ。けれども旅の道中ほとんど出番の無かったハンモックだ。
けれども一瞬冷静に考えてみる。
雨や蚊の心配はないのか…。安物買いの銭失いのように、散々な結果が待っているかもしれないのだ。その点についてどうか受付嬢に聞いてみる。
「2・3日天気は崩れる事は無さそうよ。蚊も今の時期ならほとんど居ないし。」
僕の決断を促すような答えを受付の彼女は返して来た。
「OK。ハンモックでお願いします。」
僕は200ペソ札を勢いよく受付のテーブルに置いた。
彼女は50ペソのお釣りを渡してくれた後にニコッと笑い、小さな地図を指さしながら色々と街の事を教えてくれた。
受付を出て敷地内に目をやると、テントを張っているツーリストは何組かいたがハンモック泊のツーリストの姿はなかった。
敷地の奥の方へと進み、なるべく葉の生い茂った2本の木の下を選んで赤と青の派手なハンモックをぶら下げた。
貧相な見た目だが、シャワー室もロッカーボックスもすぐそばにあってなかなか快適な野営地となった。大きなバックパックは屋根のある倉庫のような場所の棚に置かせてもらう事も出来たし、wifiもハンモックまで届くではないか。

シャワーを浴びて街へぶらぶらしに出たが、もう日が暮れかけていたので湖の見学は明日に持ち越すことにして、近所にあった古い城塞の見学とビールの買い出しだけをこなして宿へ帰って来た。

ぶら下げたまま宿を出て来たので少し心配だったハンモックは夕闇の中そよ風に吹かれてひらひらと生地を揺らしていた。
サンダルを脱ぎハンモックに身を滑り込ませ、買ってきた1リットルの瓶ビールを深く口の広いコップになみなみとビールを注ぐ。
はたから見たら怠け者のように見えそうだな、と思いながらもハンモックに身を委ねながらぐびぐびとビールを流し込む。
ハンモックの揺れとビールの酔いに身を任していると、なんだかえらく贅沢な時間を過ごしているような気になって来た。
メキシコシティに居た頃に教わった「Pobre pero estoy content」、日本語で「貧乏だけど僕は満足だ。」と言うスペイン語のフレーズを思い出したりしながら夜風に当たっていると心地よく、しばらくするとビールを幾らか残したまま寝に入ってしまった。
ところが、だ。
寝入りを誘った心地よい夜風は深夜になると冬の北風さながら、目を覚ましてしまう程の冷たい風となっていた。
昼間の暑さからは想像できないほど寒い。
サーフパンツとTシャツという格好だったのだが、スウェットパンツをその上から履きダウンジャケットを毛布代わりにして身体を温める事にした。
寝入る前までの贅沢な時間はどこへやら。寒さを耐えしのぐホームレスとさほど変わりの無いような状態だ。
ハンモック泊を選んだ自分を少しうらんだりもしたが、しばらくして身体が温まってくると再び寝入る事が出来た。それにしも敵は雨でもなく蚊でもなく寒さだったとは…。
そんなハプニングに見舞われながらも、ハンモックでの一夜は木々の隙間から差し込む穏やかな朝の光と鳥の鳴き声で終わりを迎えた。
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